チャンディ・シンゴサリ&ドゥワラパラ石像 (Candi Singosari & Arca Dwarapala)

上の段がチャンディ・シンゴサリ(Candi Singosari)で地元では、Candi Renggoと呼んでいた。
renggo(レンゴ)を自分の持っている辞書で探してみると古ジャワ語で「象の背中の座席」と
あるが、ヒンドゥー・仏教融合のシヴァ教の完成期王朝であり、両宗教共に神聖な動物とされる
象の神様、ガネーシャを第5代最後のクルタネガラ(Kertanegara)王(1269〜92年)の分身として
祭った墓廟である。
実際にクルタネガラ王は勢力を広げ唯一チャンディに安置してあった、上段右のシヴァ神の知恵
と学問の聖者アガスティ像があるように当時この地に富と繁栄をもたらしたのであろう。
オランダ植民地時代、他の神仏像を母国に持ち帰ったようだが、インドネシアは返せと言わない
のだろうか?

下段のドゥワラパラ石像は、Jl.Raya Surabaya-Malangの大通りからチャンディより100mぐらい
の所に2体あり、チャンディ・シンゴサリの「番人」(Penjaga)とも言われる。

私は、隣通りのJl.Sidoagungに住んでいたが、この通り(名前は失念)には、電力公社(PLN)の
支店や町長舎があり、月に一回はでかけていたがたまに観光バスが来るくらいで、普段は物静
かな場所である。